井上ひさし『父と暮らせば』

井上ひさし『父と暮らせば』

まだ未読だけど、時間を見つけて読みたい本を「気になる本」という項目でメモしていこうと思います。

井上ひさし『父と暮らせば』
井上ひさし 著、和田誠 装幀

図書館をウロウロしていて見つけた、和田誠さん装幀の一冊です。

井上ひさしさんの名前は、画家の安野光雅さんの手掛けた演劇のポスターに出ていたので、知っていました。

井上ひさしさんは日本の劇作家、小説家、放送作家です。

戯曲の完成度の高さは、現代日本においては第一級のものと言われています。

 

「むずかしいことをやさしく、
やさしいことをふかく、
ふかいことをおもしろく、
おもしろいことをまじめに、
まじめなことをゆかいに、
ゆかいなことはあくまでもゆかいに」

 

という、彼が創作のモットーとしていた言葉の方が、最近は有名かも知れません。

この本は、井上ひさしさんの劇の脚本を、そのまま書籍化したもののようです。

わたしは和田誠さんの絵が好きで、図書館や書店で見かけるとつい手に取ってしまいます。絵を描いているせいか、本を表紙で選んでしまうことが多いです。

いわゆるジャケ買い(まだ買ってないけど)です。

そんな訳で内容については何の本なのか、さっぱり知らずに手に取ってざっと序文と目次に目を通しました。

 

ヒロシマ、ナガサキの話をすると、「いつまでも被害者意識にとらわれていてはいけない。あのころの日本人はアジアにたいしては加害者でもあったのだから」という人たちがふえてきた。たしかに後半の意見は当たっている。アジア全域で日本人は加害者だった。

しかし、前半の意見にたいしては、あくまで、「否!」と言い続ける。あの二個の原子爆弾は、日本人の上に落とされたばかりではなく、人間の存在全体に落とされたものだと考えるからである。

 

いきなり、不穏な書き出し。

「えっ、げ、原爆の話?」と思いました。

表紙の穏やかなイラストと、本のタイトルからは、想像もつきませんでした。

全文引用はしませんが、序文は、さらに以下のように続きます。

あの時の被爆者たちは、核の存在から逃れることのできない二十世紀後半の世界中の人間を代表して、地獄の日で焼かれたのだ。だから被害者意識からではなく、世界五十四億の人間の一人として、あの地獄を知っていながら、「知らないふり」することは、なににも増して罪深いことだと考えるから書くのである。

 

………。

 

おそらく私の一生は、ヒロシマとナガサキとを書きおえたときに終わるだろう。この作品はそのシリーズの第一作である。どうか御覧になってください。

 

「一生が終わる」とは、どう言う意味なのでしょうか…。

気になるところですが、「本来は舞台の上で上演されていた劇であるなら、活字ではなくて、せめて映像で見たいな…」と思いました。

なので取り敢えず中身は読まずに、手帳にメモだけして今日は帰ってきました。

こまつ座での初演が1994年、と巻末に記されているので現在は上演していないのかな?

DVD化などされているのでしょうか。時間のあるときに調べてみたいと思います。

また、巻末に主要参考文献の一覧がズラリと載っています。
数えてみると、その数21冊。

それだけでなく、他にも多くの方の資料や手記のお世話になりました、とあります。

序文と巻末の、ほんの数ページにざっと目を通しただけで、作家のただならぬ思い入れが垣間見える一冊でした。



コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です